2016年07月14日

勇気ある犬の死


 こんにちは。

 いよいよ。こきりこ節復活ですか!
日本人の遺伝子に眠るパワーが復活するときはいつか来るだろうと
思います。

 ディセンションからアセンションして、
やがて人と動物、すべてのワンネスの時代へと向かうと思います。
元々、ドリーミングの次元ではワンネスですし。

 アボリジニの毒蛇の話はかっこいいんです。
トカゲを退治するために、蛇の体に入れる長老が蛇となり、
戦ったのですが、その際、毒をもってしまったから、
村人から離れて暮らすようになったとか。
村人たちもその毒蛇をみても殺さないとか。

 私も夢で猫になっていたり、いろんな感覚があります。
ビジョンの世界も、人とほかの生き物の境などないです。

 今日はここ、2週間以上書いて、と言われていた、勇気ある
スピリットの犬の話を書きます。

 高倉健からの健ちゃんという名の雄犬でした。
当時、子供が1歳。
我が家の犬の散歩が毎朝の日課で、ほんとによく歩きました。(*´ω`)
(これは、母として誇れるところです。)
散歩の途中、健ちゃんのところに寄って挨拶したり、なでたり。
健ちゃんは結構大きいので、最初は私も緊張しましたが、
子供は守ってやらないといけないという自覚のある犬で、
楽しく過ごしていました。

 そんな健ちゃんが、ある日病気になりました。

 ぐったりして反応もない静かな顔の健ちゃんは
サムライのようでした。
ちょうど遊びに来ていた両親も見ていたのですが、
私の子が花をあげたときにだけ、少し手を動かしてくれました。
それが動く健ちゃんの最後の姿でした。

 なかなか成仏できない犬のスピリットもいるなかで、
生前より、その死を受け入れ、勇敢に散っていった姿は
私の両親も、主人もいまだに鮮明に覚えています。
最後は水を飲むことも拒否したそうです。

 健ちゃんの顔はほんとにかっこよかった。

 犬によっては、死ぬまえの夜、吠え続ける犬もいるのに
静かに、あっという間にまるで、ドアをさっと閉じるように
この世を出ていきました。


 健ちゃんがいなくなったことを知り、私と子供は
道の真ん中で抱き合って泣きました。

 くすぶるような想念も全く、感じませんでした。

 だからこそ、焼き付いたサムライ健ちゃん。

 健ちゃんのおかげで、私はいろんなことに気づきました。
動物のもつ、崇高さ。威厳。
そして、私は主人とよりも、子供と感情をシェアすることで
満たされていく部分があることも、初めて知りました。
だから、道の真ん中で泣いた時は、悲しさ、美しさ、満たされる驚き、
そして我が子の体の柔らかさと響き合える心の大きさ・・・・
そういうたくさんのものが桜のなか、風のように駆け抜けました。

 時が経つにつれ、子供の柔らかい感触、ふとした日々が
忘れがちになりますが、健ちゃんのおかげで、しっかりと刻まれています。


 ずっと書こうと思った健ちゃんのこと。
やっと書けました!
健ちゃん、喜んでくれるかな・・・・・。
健ちゃん、相変わらず静かだからチャネリングしても静かなんです。
きっと、今のタイミングが必要だったから、書け、って
無言で背中を押してくれたんだと感じています。

 出会いって宝ですね!!!!!!!
ここに書くことで、また健ちゃんの勇気が誰かを照らすことに
なるんでしょうね。
ああ、ブログしててよかった!!!!
写真は、健ちゃんをのぞく、愛犬と子供です。
お気に入りの一枚。
   
228 - コピー (2).JPG
  



 
posted by すもこ at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ハート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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