2017年04月23日

死んでも同じ


 こんにちは。

 ビジョンや、メッセージを受け取ったり、亡くなった方の
気持ちがわかることがあるので、それを踏まえ、
書かなければいけないのでは、と思っています。

 弟が自死した以上、やっぱり、それがどうだったのか、
伝えたいのです。
自殺を否定するというよりも、タイトルどおり、死んでも同じだからです。

 弟は葬式でも激しい別れの痛みを感じていました。

 ショックのためだけではなく、死後、残された私、両親は
弟の重さを感じていました。
それでも、いよいよ、弟がもう一歩進むとき、
彼のなかの本当の苦しみがでてきました。

 それは、自分を裁かず、許すことです。

 私も両親も、それだけ苦しんで自殺を選んだのなら、
好きなようにさせていこうと腹くくっても、
本人の視野が狭く、苦しんでいるわけです。(*´Д`)

 弟の娘、私の娘の仏縁を取りつけ、
心から手を合わせることを知ったのも、弟のおかげです。

 四十九日を前に、弟の胸の苦しさが伝わってきたので、
娘と長念仏まであげました。
娘は、途中、ほろほろと泣きました。
お経の途中の涙は成就の証。ありがたいです。

 そういう貴重な体験をさせてもらってるんです。
娘は今後もおそらく祈りの力、天の力を体験する者に
なるでしょう。
そんな大きな役目を果たしたのですから、自分を裁かず、
大いなる力に涙してほしいものです。

 自分で自分を裁くのはやめましょう。
何がどう作用して、大きな歯車が動くのか、
人智を越えています。
裁くのであれば、他の行動へと転換する強さがあるべきです。
迷いながらでもいいかもしれません。


 弟は生きている間に、素直な自分を見失っていた、
ところはありました。
死んだあと、その素直な状態に戻るのにも苦労するわけです。

 だからどうぞ、自殺を考える方は、
素直な自分を見つけてから、にしてください。
死んでも、相当大変な内面のワークが待っています。
肉体があるうちのほうが、ワークの進み具合は早いです。

 身近に常に死ぬことを考えてしまう方がいらしたら、
この記事をどうぞシェアしてください。

 それぞれが壮大な物語の一部です。
その面白さの感覚を取り戻せるセッションをこれから
していこうと思っています。
弟の死によって動き出した車輪に乗ってみて、
そこからどこへ行くのか、ここで書いていきたいです。

 ありがとうございます。


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posted by すもこ at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアリティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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